ゆるパイは、ここから始まった!


 

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ゆるパイ・カタログ 藤井青銅

全国各地に存在する、お土産菓子の「ご当地パイ」。そのユニークさと、コンセプトの楽しいゆるさを愛し、作家・藤井青銅が勝手に「ゆるパイ」と名付け、大人気になりました。ここでは、各地の「ゆるパイ」をご紹介しながら、日本の豊富なパイ文化を楽しみましょう。

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ゆるパイカタログ
「うなぎパイ」

販売会社:有限会社春華堂(静岡県浜松市)

なんといっても、最初にご紹介すべきは「うなぎパイ」だ。これぞ、ゆるパイの元祖、始祖、ザ・ファースト・ゆるパイだ!(私が勝手にそう呼んで、コーフンしているだけだが)

発売が昭和36年(1961)、東海道新幹線開業の3年前というから、その先見性に驚く。まず、地元・浜名湖の名産うなぎをパイにしよう、という発想の斬新さが凄い。普通は「魚介類とお菓子を合体」しようとは思わないものだ。しかし、新しすぎる発想は、往々にして世間に受け入れられない…。

今では考えられないが、うなぎパイ発売当初、販売は苦戦をしていたという。そこを救ったのが、あの有名なコピーだった!

 

「夜のお菓子」というキャッチコピーは、最初からついていた。それは「夕食が終わったあと、家族団らんで食べて欲しい」という意味だ。しかしそれが「夜のお菓子? むふふふ…」という、あらぬ誤解を生んで話題になってしまったのだ。隠し味にガーリックも使われているし、と。

「うなぎパイ」が本当に凄いのはここからだ。実は当初、浜名湖のイメージで、パッケージの色はさわやかな青を基調にしていたという。それを、あらぬ誤解に怒ることなく、むしろ「夜のお菓子」のイメージに寄せて、栄養ドリンクカラーの「赤・黄・黒」に変えたのだ。すると、大ヒット! 発売から、わずか三ヶ月の英断だった。

 

開発に何年も要したものを、発売後たった三ヶ月で変更するなど、普通はできない。現在でいうならば、SNSで妙な話題になってしまったこにムキに抗議することなく、「あ、それも面白いですね。じゃ、そっちに変えま~す」という柔軟な対応を見せ、「おー、やるじゃないか」と世間に評価されたようなものだ。

さすが元祖、学ぶべきところは多い。

 

・・・ 筆者プロフィール・・・

 

藤井青銅(ふじいせいどう)
1955年山口県生まれ。24歳で第一回「星新一ショートショートコンテスト」入賞後、作家・脚本家・放送作家・作詞家として活動。書いたラジオドラマは数百本に及ぶ。

雑誌・単行本の他に、携帯サイト、電子書籍でもショートストーリーを多く発表している。

プロデュース面では、伊集院光と共に初のヴァーチャル・アイドル芳賀ゆいを作り、伊集院光をメジャーにする。脚本・演出・プロデュースを兼ねて、腹話術師いっこく堂を衝撃的に売り出す。

落語家の柳家花緑に新作「同時代落語」を提供し、47都道府県すべてにご当地落語を創るという壮大なプロジェクトを継続中。

〈著書紹介〉
「ラジオな日々」(小学館)
「ラジオにもほどがある」(小学館)
「笑ふ戦国史」(芸文社)
「歴史Web」(日本文芸社)
など多数。


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