パイの歴史は古代ローマ時代にさかのぼる。当時から小麦粉で包んだり、器として用いていた記述がある。私たちがフランス料理の中に見るパイは多種多彩。印象的なのはポールボキューズが生み出した「スズキのパイ包み焼き」や、キノコのパイ包みスープ、ミルフィーユなどである。
今回の一般社団法人 パイ文化財団、日本パイクラブのイベントは、京都の人気洋食店「洋食おがた」で開催された。
テーマはフランス料理におけるパイの楽しみ方。オーナーシェフの緒方博行さんがパイを使った料理を作りパイ文化財団の理事が食べ、考察を加えるという進行であった。
なぜ「洋食おがた」の緒方さんが選定されたのか。
緒方シェフは熊本出身で、長崎の「ハウステンボス」のグランシェフ・上柿元さんにびっしりフランス料理の技術を仕込まれた料理人。いまや洋食店として素晴らしい料理を提供するが、ある日「昔習ったパイ包み焼きなどを復活させているのです。そうでないと、この技術が僕の代で途切れしまうのはもったいないと思ったです」と話してくれた。この一言は、パイ文化財団には、極めてありがたい発言だと感じ、依頼したのである。
開催は午後6時であった。午後5時頃に顔を出すと、厨房内は殺気立った空気が流れていた。
スタッフが全員仕込みに没頭しているのだ。いわば、いつもと異なる料理を作るわけである。緒方シェフ号令のもと、スタッフが動く。この光景を見て、今夜の料理は相当な仕上がりになると確信した。
午後6時に理事などが揃う。理事の門上が主旨とシェフ・緒方博行さんの紹介を経て料理が始まる。
まず一品目は「オマール海老のフィッテ アスパラガス」
これは古典的な料理のスタイル。パイ生地のフィッテを器のようにしてパイとアスパラガスの相性、またそこにオマール海老の旨みが加わる。パイのサクサク感に添えたリードヴォのコクも料理の精度を高めてくれる。ソースがかかることで、料理の表情がガラッと変わるのも楽しい。最初から一気にテンションが上がる。
「最初はどうして食べるのか迷いました」
「無茶苦茶オイシイ。パイが脇役になってしまいましたが、華やかでソースの存在もとても素晴らしい」
「パイをどうして食べるのがいいか考えるも楽しい」
「いろんな食べ方ができるのもパイの特徴かも」など意見が飛び交う。
皆さんの表情がどんどん緩んでゆくのがわかる。
二品目は「サワラのパイ包み焼き ハーブの香り トマトと香草のブールブラン」という料理。
これはまさにポール・ボキューズの「スズキのパイ包み焼き」へのオマージュであり、緒方シェフが平成6年に「第3回未来のグランシェフのための全国料理コンクール」で優勝を果たした作品「サーモンのパイ包み焼き ハーブの香り トマト風味のバターソースの添え」(当時ハウステンボス所属29歳)をサワラに変えた料理だ。
当時の「グランシェフ」という雑誌も見ることができた。
「上柿元ムッシュにかなり厳しく指導されました。何度も諦めようと思ったのですが、考え抜いたメニューです」と緒方さんは、述懐したのであった。
サワラとキャベツ、サワラの背の部分、サワラとキャベツのムース、サワラのハラミ、サワラとマッシュルームのムースを層にしてパイ生地で包み込む。断面の麗しさも格別である。ハーブの香りが漂い、フレンチが持つトマトと香草のブールブランソースが素晴らしい味わいを添えてくれる。
「パイと具材の一体感がこんなに素晴らしいことになるのは想像をはるかに超えています。感動的です」
「ムースが敷かれ、焼けた食感が見事で、パイ包み焼きの可能性を初めて知ったような感じでした」
「パイ包み焼きの美味しさが、こんなにすごいとは思いませんでした」
「パイ生地と酸味のハーモニーを楽しみました」
「切り分ける姿を見ているだけで、ドキドキする料理。食べるとその迫力に圧倒されます」と絶賛の声が飛び交うのであった。
「火入れはかなり気を使います。これは鴨やジビエなど中身を変えると色んなバリエーションが楽しめます」と緒方シェフ。
三品目は「ハマグリとマッシュルームのクラムチャウダー」
このパイ生地は蓋、つまり香りを閉じ込める。火の入り具合を優しくする。また食材の一部として利用するなど様々な用途がある。「これはパイを崩して中に入れて食べてください」との説明。
「パイの香ばしさとクリーミーは味わいが素晴らしい」
「これはパイの楽しさを感じることができました。唸ります。そしてしみじみと味わっているのです」
「開けた瞬間の香りと、中に入っている食材が見えた時の感動はすごいです。これはパイの面白いところ」
「パイ生地の役割がこんなにあるのは驚きです。この焼き色も楽しいです」
パイ生地のサクサク感がスープと融合し、湿りと味わいを深めてゆくのもパイならではの価値だろうと思う。
四品目は「ジビーフのパイ包み焼き 赤ワインソース」
これはジビーフのロース肉を芯にして、周りをジビーフとサドルバック種の豚肉をミンチ状にして覆い、パイで包み焼き上げる。ソースは黒胡椒を効かせた赤ワインのソースとした。「サワラと肉、魚と肉の場合のパイ生地の食感の違いを楽しんでもらいたかったのです。魚の場合はジューシーさがあるので生地は少ししっとりします。比べて肉の場合はサクッとした感じが強いと思います」とシェフは具材によってパイ生地の違いを話してくれた。
「赤身とミンチ、それをパイが包み込むマジックを味わいました」
「肉のジューシーさをパイがどんなに包み込むのか興味深かったのですが、パイを調理することがこんな成果を生み出すとは嬉しいです」
「パイの効果がこんなに絶大だと感銘しました」
最後のデザートまでパイ生地を使った「イチゴのミルフィーユ」
イチゴとパイ生地をランダムに楽しむミルフィーユ。「パイ生地の厚さを変えることで、ふわっと、サクッとなどいかようにできるのが楽しいところ」とのこと。これはパイ生地が持つ特徴を生かすことができる。「ここまでパイ生地を使っていただくと感動しかありません」と。
今回のフランス料理におけるパイ生地の可能性とその広がりをつぶさに感じたイベントであった。それは機能性であり、かつ視覚的にも楽しめ、味わいに変化をもたらす非常に重要な役割を持っている素材なのだと強く感じた。何よりパイ生地を楽しく、かつ美味しく、感動とともに味わうことができ、とても有意義な機会だと思っている。
【店舗情報】
洋食 おがた
〒604-0956
京都府京都市中京区等持寺町32-1
TEL. 075-223-2230
https://youshoku-ogata.com/